みんなのことを考えるのはお上ではなく、神様の仕事??

多動日記(一)「健康と平和」(高城剛)にこうある。

「欧州と東アジアの最大の違いのように思うが、欧州ではカソリックでも
プロテスタントでもギリシャ正教でもユダヤ教でも、個人は個人の幸せを追求することが
大切で、皆のことを考えるのは神様の仕事である、と多くの人たちは考えている。だから、人々は基本的にインディペンデント志向にある」

なるほど、と思った。
ちなみに、ここで高城氏が述べている「インディペンデント」の定義とは、
「国家や企業との関係を随時見直し可能な人」である。

一方で、この記事を読んでいて、

日本の政党はイデオロギー的に見て、リバタリアン(自由主義者)か、コミュニタリアン(共同体主義者)かと問えば、自民党から共産党までおしなべてすべてコミュニタリアンであるといえる。アメリカの共和党のようなリバタリアニズムは日本の戦後民主主義において一部の例外を除いてほぼ皆無であったといってよい。

日本にリバタリアンの政党がない、らしいことにも気がついた。
それはなぜなのだろうか。

深く染み付いた農村意識なのかもしれない。
よってたつところをたえず求め続ける。
みんなのことを考えるのは神様の役割ではなく、お上の役割。

個人の幸せ追求の総体が、better worldなのか、
誰かがみんなのバランスをとって、それによりすがるのがbetter worldなのか。

時代の流れとともに、

人々の置かれている環境が変わりつつあることだけは確かだ。

Follow me!